H28夏「責務」

2016.08.07 Sunday 21:43
0

    「大治」を背負った、10回目の、そして最後の夏が終わった。

    最後の代の夏は4年ぶりの団体戦西尾張敗退。

    個人戦はどん底からの大逆転で、2度目の東海大会出場で終わった。

     

    新チームの初陣DOME-CUPの負け負けからスタートした1年前。

    3年生3人はひたすら叱られながら、そして嫌われながら、

    2年生を育て続ける…毎日。

    必死でつかんだ新人戦県大会出場も、そのときはまぐれだったのだろう。

    少しずつ少しずつ力をつけ、ようやく身になり始めたのは冬も終わり。

    3月の奈良明日香遠征では、強豪校をなぎ倒して、優勝を手に入れた。

    そして4月。僕の転勤に伴って、チームは最後の4ヶ月を過ごすことになる。

    ゴールデンウィークの静岡遠征くらいまでは、なんとか持ち堪えていた。

    ムラはあるものの、何度も行った静岡遠征では、

    後に全中出場を手に入れる湖東や清竜を撃破して優勝を手に入れた。

    遠征は県内はもとより、三重に、静岡に、関西に、足を延ばし

    確実に「東海大会出場」は現実の夢へと変わっていった。

     

    しかし6月に入ってからの最後の1ヶ月は、

    そんな快進撃は完全に過去へと変わり、本当に苦しく辛い「最後」となっていく。

     

    大治には何年も続く「勝たないといけない」という【責務】がある。

    10年前、僕が赴任したときよりずっと前から背負ってきた【責務】。

    「勝ちたい」とは違う、「勝たないといけない」という期待と【責務】。

    それに押しつぶされそうになりながら、毎年毎年大治は勝ちを積み重ねる。

    いつの間にか勝つということが、嬉しいというより、ホッとするという感覚になる。

    素人集団だろうと、人数が少なかろうと、運動神経が低かろうと、

    そんなことは言い訳にしか過ぎず、どんな条件でも「勝たないといけない」。

    その【責務】は言葉なんかで言い表せるものではなく、

    毎年毎年、それを背負い続けてきた先輩にしか理解し難い感覚なのかもしれない。

    最後の1ヶ月。その【責務】はキャプテンの背中に容赦なく追いかぶさる。

    いつもはそこに、顧問としてすぐ横で支えてあげれていたが、

    今年はそれも出来ず、キャプテン一人がそれを背負うこととなった。

    うまくいかないチーム状況に、うまくいかない練習や試合、

    我慢は限界なんてものをとうに超え、気が狂いそうな毎日を過ごしていたのだろう。

    それでも勝たないといけない【責務】は、彼女を苦しめ、心を壊していく。

    何度も何度も顧問やコーチや家族に声をかけてもらい、

    その度に「よし。頑張ろう!」「あと少し、我慢しよう」。

    そう思うのだろうが、また独りで悩み、苦しみ、そして心が折れる。

    どうしようもないイライラを、後輩や仲間たちにぶつけ、さらに溝が広がる。

    きがついたらチームの中で孤独になっていく…。

    うまくいかないチーム状況に、さらに追い打ちをかけるように

    本番直前に体調不良で練習を欠席する仲間が続出する。

    「もうだめだ」「あきらめよう」と何度も頭をよぎるが、

    「勝たないといけない」という【責務】はそれすら許さず、またコートに立つ。

    …と、表現下手で誰にも相談せず、口に出すことがへたくそな、

    キャプテンの心の内を、言葉にするとこんな感じだっただろう。

     

    顧問を外れ、チームは崩れるということは予想はしていた。

    しかし、それは想像以上に苦しく、辛く、そしてどうしようもなかった。

    勝って欲しいという本音と、こんな姿は見たくなく早く終わって欲しいという弱音。

    地区大会が始まっても、それは治るどころか加速していった。

    先輩たちが守り続けてきた団体県大会出場すら守り切れず、

    すべてが終わったように思えた。

    しかし、神様は最後の最後で少しだけご褒美をくれた。

    激戦愛知を勝ち抜き、個人戦東海大会出場というご褒美を。

    東海を決め、県大会準決勝。その後、県大会、東海大会を制する

    全国を代表する超強豪ペアと試合をしているとき、

    あんなにも楽しそうに、笑顔で打ち続けているキャプテンを見て涙が出た。

    最後の最後に神様が教えてくれたことは、テニスは楽しいってこと。

    10年間、大治の監督としてベンチに座り続けた最後の舞台は、夢の東海でした。

    勿論、満足のいくような試合結果や試合内容ではなかったけど、

    それでもとっても幸せな、充実した10年間の最後を迎えることができました。

    感情の起伏が激しいちょっと天然なキャプテンと

    心が弱く、練習の成果がなかなか結果に出ないけど、

    とっても面倒見のよい副キャプテンと、

    いつもボーっとしていて、つかみきれないけど

    最後は県大会まで出場するまで成長した君と、

    たった3人しかいないけど、超個性的な3人とテニスをできて幸せでした。

    2年生を育てたのは間違いなく君たちです。ありがとう。

    きっと後輩たちが君たちの悔しさを晴らしてくれるはず。

     

    さて、最後にキャプテンに。聞き飽きた説教をしましょう。

    でも駄目なことは駄目と伝えたいから。

    やっぱり一人ではダメなんです。我慢するだけではダメなんです。

    ペアを信じること、仲間を信じること、それが自分を信じるってことなんです。

    自分が思っていることは、上手に伝えないとダメなんです。

    自分の想いは伝わるものじゃなく、伝えるものなんです。

    ただ感情をぶつけるだけでは、何も伝わらず、誤解を招くだけ。

    それからもうひとつ。

    環境は求めるんじゃなくて、環境を作ることが大切なんです。

    環境を求める人には誰も協力してくれないけど、

    一生懸命、環境を作ろうとする人には誰かが協力してくれるんです。

    それが最後までできなかったことが、今年の敗因だと思っています。

    そしてそれができなかったことは、僕の責任だと思っています。

    言葉では言い表せないけど、本当にごめんなさい。

    それでもこの状況で、東海大会まで勝ち続けたことは素晴らしい。

    「人生の素敵なことは、だいたい最後のほうで起こる」

    どんなに苦しくても、決して休まず、逃げず、ボールを打ち続けた結果。

    西尾張地区で唯一の、激戦愛知県何千人という選手の中で、

    東海大会出場したという結果に胸を張りなさい。

    それはまぐれでも、偶然でもなく、あなたの執念と努力の結果です。

    最後の10年目を君と過ごすことができたことは幸せでした。

    今年もまた本気で夢を見ることができました。

    最後の最後まで真剣に悩み、本気で叱り、本音で話すことができました。

    素直過ぎて、すぐ顔に出て、すぐ態度に出て、そしてすぐ切り替わる

    腹が立ち、心配で、どうしようもない君と一緒にテニスができたことは、

    僕にとって何にも代えがたい、最高に幸せな時間でした。

    たくさん嫌われたかもしれないけど、きっといつか後輩たちにも伝わるはず。

    後輩たちもまた、君が背負ってきた大治の【責務】を背負うことになるから。

     

    もしまた自分の感情に流されて、人に当たりそうになったら帰ってきなさい。

    あの日と同じように、また真剣に叱ってあげるから。

    2年半、そして最後の4か月。よく頑張りました。

    ありがとう。ごめんなさい。そしてお疲れ様でした。

     

                  大治町立大治中学校 元鬼監督より

    category:オモイ | by:ぷ〜さんcomments(0)trackbacks(0)
    Comment








       
    Trackback
    この記事のトラックバックURL

    Calender
         12
    3456789
    10111213141516
    17181920212223
    24252627282930
    31      
    << May 2020 >>
    Selected entry
    Category
    Archives
    Recent comment
    Recent trackback
    Link
    Profile
    Search
    Others
    Mobile
    qrcode
    Powered
    無料ブログ作成サービス JUGEM