コロナに迷う

2020.05.09 Saturday 14:48
0

     

    先日、映画「レ・ミゼラブル」を見た。

    言わずと知れたミュージカルの殿堂。

    フランス革命を描いたヴィクトール・ユゴーの大河小説。

    なぜか今回は主人公ジャン・バルジャンではなく、

    若者たちの生き方に心を奪われた。

    コゼット、マリウス、アンジョルラス、

    エポニーヌ、ガブローシュ…

    それぞれの想いや信念にまっすぐ生きる姿に。

    革命、友情、恋、すべてに盲目に真っ直ぐな生き方に。

    何者にも奪われない、自信と信念が羨ましかった。

     

    誰が悪いわけでもなく、誰のせいでもない、

    新型コロナウイルス感染症に振り回されていく昨今。

    子どもたちのいない学校には意味があるのだろうか…。

    教師になってちょうど20年目。一寸先は闇か光か。

    子どもたちが学校から消えて、2ヶ月半近く過ぎた。

    はじめの頃は、せっかく与えらた時間なんだからと、

    今まで使わなかった時間の使い方をしようと意気込んだ。

    しかし、子どもとの距離が離れれば離れるほど、

    僕がやりたかったこと、やりたいことが如実になる。

    勿論、オンライン授業や新しい教育のカタチを否定するつもりはない。

    僕自身、SNSで多くを発信したり、ネット依存してる部分が多く、

    使えるものはどんどん使っていけばいいのにと思う。

     

    オンラインなら目を見て、声を聞くことはできる。

    でも、手を取り、同じ空気を吸うことはできない。

    僕はやっぱり欲張りで、同じ屋根の下、生活を共にしたい。

    教科指導は勿論だけど、生活の中で関わりたい。

    無駄な話も、妙な感動も、泣いて、笑って、過ごしたい。

    子どもたちは目の前にいないということは、

    僕が「教師」でいられないっていうことだ。

    大袈裟すぎる表現をすれば、そういうことだって気づいた。

    僕がやってきた通信や黒板メッセージや付箋メッセージ、

    書や写真を中心とした掲示やSNS発信、

    やったことはないが必要に迫られているオンライン授業。

    僕にとってはそれらいろんな媒体は、

    あくまで便利なツールであって、ベースじゃない。

     

    そうした媒体を介して、自分の想いを伝えるタイプの教師だ。

    熱く苦しい思いを、伝えることで僕は僕でいられる。

    でも子どもたちと会えない時間が長くなるにつれて、

    言葉が思い浮かんでこなかったり、

    想いが薄らいでいく自分に気付いたりするんだ。

    どんどん僕の中から「教師」がなくなっていく気がして不安だ。

    経験ってのは、時に自分の邪魔をする。

    経験がプライドを生み、新しいことへの不安を生み、ビビらせる。

    思いがけぬ出来事は、新しい自分との出会いのはずなのに、

    なかなか積極的になれない自分に、おっさんを感じる。

    20年目の僕は、この後どうなっていくんだろう。

    レ・ミゼラブルの若者たちのように、

    どんな道でも自分を信じて真っ直ぐに生きたいなぁ。

     

    category:日日雑感 | by:ぷ〜さんcomments(0) | -
    Comment








       

    Calender
         12
    3456789
    10111213141516
    17181920212223
    24252627282930
    31      
    << May 2020 >>
    Selected entry
    Category
    Archives
    Recent comment
    Recent trackback
    Link
    Profile
    Search
    Others
    Mobile
    qrcode
    Powered
    無料ブログ作成サービス JUGEM